Archive

Archive for the ‘雑感’ Category

JIPIコース:ペリオ・ペリオ・ペリオ!

10 月 21st, 2009
Comments Off

10月17(土)、18日(日)は私の主催する研修会でした。第3回目の今回は、ペリオ1:歯周ポケットへの外科的対応でした。

参加者は24名(定員オーバーにて聴講の先生も含む)にまで膨らみ、医院2階の研修室は満員でした。参加していただいた先生、学生さん、狭くてすみませんでした!(注文したお弁当は33個!!!)

講義は土曜日に歯周治療概論、歯周組織の解剖、歯周外科の術式選択の根拠、再生療法、歯肉弁根尖側移動術(APF)の適応と術式、それらの症例供覧を行いました。

dsc_0003w術式の原理を理解した上での症例供覧はとても重要です。ただただ症例を羅列しても理解は深まりません。

初日の最初には、先日のEAOにて議論された「歯周病学とインプラント学、そのボーダーは?」という内容について、詳細に報告し、私の症例も添えて、現在の世界のペリオ−インプラントのトレンド、特にペリオの重要性についてお話しいたしました。

2日目の日曜日は、朝から症例を見てもらい、そのイメージを持ちつつ、すぐに実習、再生療法と歯肉弁根尖側移動術(APF)の実習を行いました。皆さんが疲れてきた所で、エムドゲイン、根分岐部病変への対応についての講義をはさみ、今回も無事終了することができました。ご参加いただいた先生、お手伝いいただいた先生、本当にありがとうございました。

dsc_0017wデモはビデオではなく、ライブがベスト、質問があれば逐次中断してディスカッションをすることで理解が深まります。何を教えたではなく、何を理解してもらえたがが私の教育理念です。

dsc_0024w超満員の研修室。参加の先生、お手伝いの先生、皆さん本当にありがとうございました。私にできるお返しは多くはありませんが、真摯に皆さんと向き合って行きたいと思います。

次回の第4回は12月5(土)、6(日)、インプラント外科です(参加の先生は、最初のご案内と日程が変更になっていますのでご確認ください)。場所はBIOMET 3i Japan研修室(北大阪急行 服部緑地駅ビル)ですのでそれも合わせてご確認くださいませ。 この回はBIOMET 3i Japan研修室で行いますので、あと2名程度ならお席が作れるようです。

インプラントに関しては、現在世界的に大きな変動が起こっています。国際学会への多くの参加、海外トップクリニシャンとの交流から得られた、海外のインプラント事情をいち早く入手し、自身のコンセプトを軌道修正した最新情報を皆さんにお届けしたいと考えます。

もう一度言いますが、インプラントの世界は今、大きく動いていますよ!

admin JIPI, 雑感

恩師、故今井久夫先生をしのんで

5 月 25th, 2009
Comments Off

20090525_1

2004年撮影(今井先生66歳、私は44歳の年でした)

 

 先日、自室の掃除をしていたら、私が歯科医師になってすぐの頃からお世話になった今井久夫先生の文章が出てきました。先生は、大阪歯科大学歯周病学講座教授、大阪歯科大学付属病院長、大阪歯科大学学長、大阪歯科大学理事長を歴任され、私にとっては仲人、歯周病専門医試験の指導医、学位(博士号)審査教授など、人生の節目節目で大変お世話になった素晴らしい先生です。

 

 先生の人柄は温厚で、配慮に富んだ言動は多くの後輩達から支持されていました。平成19年8月16日、盛夏のさなか、享年69歳という若さで永眠されました。私にとっては歯周病学だけでなく、心の師であり、本当に残念でした。私が22年前、大阪歯科大学の歯周病学講座に入局した時、今井先生は49歳、まさに今の私の年令です。当時の今井先生と今の私を比べてみると、あまりの私の幼稚さに驚愕をおぼえたとともに、「頑張らねば!」という決意を新たにしました。これからも、「一歯一歩」を肝に銘じて歯周病治療に邁進してまいります。今井先生、本当にありがとうございました。

 

20090525_2

 約10年前に高度な歯周疾患のため、70歳近い高齢患者さんの歯を抜かなくてはならないことになり、抜歯理由について種々説明したところ、1週間程度考えさせてほしいとの要望があり、次回来院時に抜歯を行うことにした。約10日後に再来院され、抜歯を行うことにしましたが、その抜歯の前に、患者さんから“私の心境を詩にしたためました”といって、詩の書かれた色紙をいただきました。そこには、

 

「凍てつきし、馬糞を食べしこの歯ども、遠き日の夢か、今抜かれてゆく」

 

と書かれてありました。後日、この詩が朝日新聞の歌壇に紹介されたのですが、この詩の意味を問うたところ、「戦後シベリアの捕虜収容所で、食べるものも満足に得られず、馬糞を食べたような歯ではあるが、自身にとっては極めて郷愁を覚える歯である。その苦しくて、悲しい日々を共に過ごした思いで深い歯が今抜かれていく、非常に寂しいことである」との心境を聞かせていただきました。

 

 そこで、私なりに考え四字熟語として「一歯一歩(いっしいちふ)」を創りました。我々は簡単に予後不良歯として、歯を抜こうとしますが、この患者さんにとっては、一本の歯が将棋の駒で言う単なる「歩」ではなく、敵の陣に入った「成り金」のような「金」の役割を演じている価値ある歯であり、思いで深い歯であることが理解でき、以後私は、一本の歯といえども、その患者さんの心境を常に考え、抜歯を行うようにしてきた。今でもこの患者さんには、教科書では学び得なかったことを教わったと感謝しております。

 





admin 医療従事者の部屋, 雑感

「古(いにしえ)にならえば今に通ぜず、雅を選べば俗にかなわず」

5 月 21st, 2009
Comments Off

日本歯周病学会での講演に関する情報を坪井先生よりいただきました。

20090521_1

詳細は司馬遼太郎の「世に棲む日々(一)」文集文庫P73,P87を参照とのことです。

吉田松陰が平戸に留学中に読んだ清の魏源の著作「聖部記附録」:

「古(いにしえ)にならえば今に通ぜず、雅を選べば俗にかなわず」

その意味は


「古学ばかりの世界に密着しすぎると、現今ただいまの課題がわからなくなる。また、格調の高い正しい学問ばかりやっていると、実際の世界の動きにうとくなる」


司馬遼太郎 世に棲む日々より


この言葉は、私たちの世界を正確に反映しています。


基礎医学ばかりの世界に密着しすぎると、現今ただいまの臨床がわからなくなる。また、エビデンスの追求ばかりやっていると、実際の患者の立場にうとくなる」

となりましょう。恐ろしいほど、マッチしませんか?

20090521_2

吉田松陰.com http://www.yoshida-shoin.com/より引用

松陰が松下村塾で塾生たちの指導に当たった期間は、安政3年(1856年)8月から安政5年(1858年)12月までのわずか2年余りに過ぎません。しかし、その短い期間に、松陰は自分の信念を塾生たちにぶつけ、しかし一方的に教えるのではなく、塾生たちと一緒になって問題を考えていった。講義は室内だけでなく、農作業を共にしながら行なわれるなど、心身両面の鍛錬に重点が置かれたという。


わずか2年余りの活動だったのですが、松陰の教育を受けた門下生達は、後に京都で志士として活動した者や、明治維新で新政府に関わる者など幕末・明治において大きな活躍を果たすことになります。

久坂玄瑞、高杉晋作、吉田稔麿、入江九一、伊藤博文、山形有朋、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義、野村靖など枚挙に暇がありません。


松蔭の松下村塾と比較するとあまりにも稚拙ですが、私が主宰していたAPI-Japanというスタディグループは実質6(2003年〜2008)間活動しました。その間には、日本歯周病学会、日本臨床歯周病学会、OJ3i JapanBIOMET 3i Symposium(Chicago)、近畿北陸地区歯科医学大会、SJCD(東京、大阪)、KIDS、歯水会、大阪大学などでの講演や発表、ザ・クインテッセンス誌の年間連載に代表される執筆活動、歯周病・インプラントに関する講習会主催など、さまざまな活動を行ってきました。


現在は、メンバー全員の意思として、全体の活動は行っておりませんが、個々にグループを作り活動されているようです。私が提唱した「Back to the real basics and go to the future」、「科学的根拠に下支えされた患者本位の医療」という概念が、たとえ風雨にさらされ、厳しい環境に置かれても、どこかで生きながらえ、どこからか新しい芽が出ることを願っています。


樋口一葉やゴッホなど、後の世に傑出した作品を残した人の活動は長いものではないと聞いています。人生の中で、わずか数年で全ての作品を作ったとのこと、私はその意味がとても良く理解できます。
大切な事は「長さ」ではなく、「密度」なのです。

吉田松陰は18591027日、わすか30才で死刑になったのです。
辞世の句は、「身はたとひ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし大和魂」。と言われていますが、


吾れ今 国の為に死す

死して君臣に背かず

悠々たり天地の事、

鑑照 明神に在り


という言葉を残したと言われています。その意味は、


私は今、国の為に死ぬ。死すとも、藩主への忠義、父母への孝行を尽くして、道に反することはない。天地は永遠で果てしなく広い。神様よ、私の行いの正しいことをご覧下さい。」


実行の中にのみ学問がある。行動しなければ学問ではない。

松陰は学問を「人間とは何かを学ぶことである」と言った。また「学者になってはいけない。 実行しなければならない」とも言い、学んだことを活かし実行に移す大切さを強く説いた。脱藩や密航を試みるなど、実行に実行を重ねる松陰であったからこそ、若者達の心は強く揺さぶられ、惹き付けられていったのでしょう。


人の身体は滅びますが、学問は、永遠に不滅なのです。

admin 雑感

夢のインプラント治療が現実のものへ・・・

12 月 11th, 2008
Comments Off

BIOMET 3iナビゲーターシステム
(CTおよびコンピュータ支援による即時機能型インプラントシステム) 

先日(2008年12月9日)に当院にて、正式な手続きのもとでは、本邦初の最新のインプラント治療が行われました。
アメリカ最大のインプラントメーカー(BIOMET 3i社)が開発した、コンピュータソフトとCT画像を元に構築されたインプラントシステムです。
インプラントを入れたその日から仮歯が入るので、患者さんには非常に有益な治療法です。

さらに、あらかじめコンピュータ診断をしているので、歯肉を切ったり、縫ったりすることもなく、痛みは最小限に食い止めることができます。 

当日は、アメリカから開発担当者、スエーデンからドクターが来日し、私の手術を見学しました。
手術を担当した私の意見としては、今後はこのような患者さん負担の少ないインプラント治療が多く行われることになるであろうことを実感しました。

admin 医療従事者の部屋, 雑感

インプラント治療について最近思うこと

11 月 9th, 2008
Comments Off

1952年、今から半世紀以上も前に「スエーデンのブローネマルク博士が骨とチタンが結合するという事実を発見した」ことはあまりにも有名な話です。 

その後、紆余曲折はあったものの、50年以上の基礎的・臨床的研究がなされて、現在では98.3%(日本の臨床施設で行われた約5000本のインプラントの統計)、当院の5年間統計では99.5%という非常に高い成功率が得られるようになりました。 つまり、インプラント(チタン)は骨に結合して当然なのです。 

ここからが問題です。 

インプラントは経験の浅い先生が正しくない場所に入れても骨と結合してしまうのです。当然ながら、正しくない所に入れたインプラントの上には不適切な歯ができてしまいます。「不適切な歯」は、見た目が悪い、掃除しにくい、かめないといった結果になるのは当然です。

私は年に数回アメリカの学会やシンポジウムに行き、そのついでに専門医のオフィスを訪問します。彼らも私と同じことを考えていて、多くの先生が「将来の自分たちの仕事の半分は自分でインプラントを入れていて、後の半分は開業医の入れたインプラントを取り除くことだろう」と言っています。 

アメリカでも、専門的なトレーニングを受けないで「みようみまね!?」でインプラントをする先生が増えているとのこと。実際に私の医院でも他の医院で入れたインプラントへのリカバリー処置は年々増加してきています。私にとってインプラント治療は大切なものであり、患者さんにとっても素晴らしい治療法だと考えています。 

その愛すべきインプラントを除去するといった仕事は、できれば二度としたくないというのが私の本音です。

admin 患者さんの部屋, 雑感